◆◇◆送り手の側の論理◆◇◆
日経新聞2004年6月6日(日)


 最近、送り手や作り手の一方的な論理で事が進んでいると思うことが多い。
 たとえば、新幹線のぞみ。
 それまで三時間かかっていた東京—新大阪間が、二時間半に短縮されたのだから、たいした進歩ではあるが、ひかりしかなかった頃に、「あと三十分短縮してほしい」と感じていた人がどれだけいただろうか。
 ひかりが開通したのは四十年前だ。この変化の激しい時代にあっては、確かに「昔」の出来事だけれど、利用者は三時間でじゅうぶんに満足していたはずだ。満足できなかった人がいたとしても、一時間に一本か二本、のぞみが運行していれば、その人たちのニーズには応えられていたのではないか。
 私としては二時間半になっても少しも嬉しくないどころか、かえって効率さえも悪くなった。のぞみになってから、たぶん速すぎるために揺れが大きすぎて、ゆっくり眠ることができなくなってしまったからだ。
 うとうとしているときに、グワーンと横に揺れると、脱線する恐怖に襲われる。さらに、ひかりでは感じなかった上下の揺れもあって、一瞬、体が座席から浮く感じがして、恐怖と不安が倍加する。
 ひかりの頃は、一時間から二時間は眠るのが習慣だったのに、それができなくなったのだから、かえって効率が悪い。揺れが激しい区間では本も読めない。私と同じことを感じているビジネスマンがいっぱいいるんじゃないだろうか。速くすればいい、というものではないのだ。
 似たような理屈で進んでいるのが私の住んでる地域を走り抜けている私鉄の複々線化とそれに伴う高架化だ。鉄道会社は「複々線化によって、これまで三十一分かかっていた区間が二十七分に短縮される」と、宣伝しているけれど、その四分間によって、立ち退いた家や高架の日陰に入った家がいっぱいある。「四分間」のためにそういう犠牲が正当化されるという発想の無神経さが怖い。いじめとも通じる無神経さだと思うのは私だけだろうか。

 もう一つがDVDプレーヤー。私は昨年末に本体のハードディスクに「百時間録画可能」という機種を買ったのだが、使用説明書の分厚さにまず圧倒された。ビデオデッキまでは説明書を読まなくても「感じ」で使えていたが、DVDになったら説明書をいちいち読まなければ、どこがどうなっているのかさっぱりわからない。
 つまり、ビデオデッキまでは、テレビ〜ステレオ〜テープレコーダー〜と続いていた操作性の流れがあったのに、DVDでその流れが断絶してしまったのだ。AV(視聴覚)機材だと思って買ったら、パソコンの親戚だった……というわけだ。
 「これは実家の両親は使えないな」と思った。百時間録画できるのはすごいことだけれど、難しすぎて録画できないのではどうしようもない。まして編集機能なんか、いったいどうすれば使いこなせるのか。私は暇な時期に辛抱強く説明書を読んで、機能の半分くらいは使えるようになったけれど、妻はいまだに録画すらできない。コマーシャルでは、メリットばっかり言っているが、「使いこなすのは非常に大変」というデメリットを言わなければ、誇大広告ではないかと、本気で思う。
 作り手はプロだから、機械の使い方に精通しているけれど、作り手とユーザーの知識のあいだに大きな格差があることに気がついていない。
 「そもそも、あなたたちがプロでいられるのは、ユーザーの私たちが機械が苦手だからなんだよ」と私は言いたい。本当の専門家とは、門外漢に対してやさしい心遣いができる人のことだ。試しにDVD以前に引退したメーカー社員がどれだけ使えているか、アンケートを取ってみてほしい。
 さらに、DVDには使っているうちにわかる不具合がいろいろあるのだが、まあ、これ以上書き並べるのは、数少ない好調家電の売り上げの足を引っぱることにもなりかねないので、やめにする。

 変な事や物は、他にもいろいろある。
 電子メールは本当に便利だろうか。言葉を変えると、便利であることはそんなに大事なことなのだろうか。会社のメールを自宅で取れるようにしたために、勤務時間が家庭の中にまで浸食してしまった人がいっぱいいるはずだ。
 機械がもたらした便利さに人間が使われてしまう。じつに不合理な話だが、そういうことを「不合理」と言えない雰囲気がすでに浸透しつつあるように思う。不合理も慣れてしまえば、それもまた新しい「常識」ということになるが、不合理を不合理と感じることのできない感覚は、さらに一歩進んだ不幸だ。
 そして最後に、本とCDのベストセラー・ランキング。
 いまでは、ほとんどすべての書店、CDショップで、店頭にベストセラーを並べているけれど、二十年前は一部の、下品な店しかそんなことしてなかった。本やレコードは個人の嗜好で買うもので、ベストセラー買いは、本やレコードを愛しているのでなく、ただ話題に乗り遅れたくない人間のすることだった。
 ベストセラーを並べてやすやすと売れてしまえば、売り手としてこんなに楽な商売はない。ベストセラー並べは、製作者と販売者の本来の工夫を忘れさせ、買い手の教養を育てない。……危険な世の中だと思う。

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