◆◇◆「波乱」と「平穏」◆◇◆
神奈川新聞2007年12月31日(月)リレーエッセイ「木もれ日」



リレーエッセイの大晦日が私の順番になってしまったので、大晦日らしくいきます。皆さんの今年一年はどうでしたか? いい一年でしたか? そうでもない一 年でしたか? ところでこの「いい」「悪い」という定義がけっこう問題で……。
 もう三十年くらい前の話だけれど、「天中殺」という占いが大流行したことがあった。一人それにはまってしまった友達がいて、私もつられて本を買ったのだ が、読んでいておもしろいことを教えられた。天中殺の周期など細かいことの説明は省くが、思想の大本(おおもと・ルビ)は中国の易経にある。といっても、 どこまで易経に忠実なのか、それもわからないのだが、とにかく天中殺のその本で定義されている「いい運気」とは「平穏」のことで、「悪い運気」とは「波 乱」のことなのだ。
 天中殺とは、一年に二ヵ月、十二年に二年、百二十年に二十年回ってくる「波乱」のことなのだが、その周期に入っていなければ大きな成功も望めない。金融 商品のハイリスク・ハイリターンを考えてみるとわかりやすい。大きな成功というのは大きな失敗と背中合わせと決まっているものなのだ。成功だけは大きく失 敗は小さく、なんて虫のいい話は世界のどこにもないということを言っているわけで、それを天中殺では「波乱」と定義した。これはとても示唆的な世界観だと 思う。
 例えば美空ひばり。本人の芸能活動は大成功したが、親族もまたその「波乱」に巻き込まれてしまったのだから、全体としていい運命かと考えたら、「?」と いうことになる。概して大成功を収めた人のまわりは幸福とは言いがたく、それを考えると私は、人間にはコントロールしきれない大きな力があることを認めな いわけにはいかない気持ちになる。ブルーハーツの『情熱の薔薇』という歌に、
「なるべく小さな幸せとなるべく小さな不幸せ、なるべくいっぱい集めよう」
 という歌詞があったが、じつに鋭い言葉だなあと思う。私もなるべくそういう人生を送りたいと思う。
 皆さんはどっちがいいですか? どっちの人も、よいお年をお迎えください。
 

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