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        メールマガジン:カンバセイション・ピース
                             vol.09 2003.11.30
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                                  はじめに

いやはや、なんともきわどいことに…。
これを書いてるのは2003.11.29、午後11:15分だけど、今から2時間ほど前、
午後9:30頃だろうか、サイレンの音がかなり長い間鳴り響いていた。なんだろな?
 救急車にしては変、火事でもあったかなと思ったのだけれど、それほど気にもしな
 かった。そして、しばらくしたら元女房から電話が…。
「たいへ〜ん! 今ね、○○さんから連絡があって、稲村のあの家が火事で燃えちゃ
ったんだって! 」
「え〜っ! ボクが住んでたあの家? 」
「そうよ! ついさっきだって」
ついさっきと言えば、あのサイレン…。
「で、なんで燃えたの?」
「それは分からない。半焼したらしいけど…、でね、△△さんが三日くらい前に高瀬
さんがあの家から出てくるのを見た、って言ってるらしいんだけど、そうなの?」
「うそうそ、今月11日に裁判所の強制執行があったし、それ以降、というか今月に
入って一度もあの家には行ってないよ」
「そうよねぇ、とっくに引っ越したって言ったんだけどね。とにかく、誰かが出入り
してたのね、、、でも、、一番先に疑われるんじゃない?」
「だよねぇ、ほとんど犯人かも」
「アリバイある?」
「……ない」
…というわけで、かなりこれはヤバイ事態かもしれない。ボクがついこないだまであ
の家の住人だったことは確かだし、あの家からこのアパートまでは、バイクでたった
の5分くらいしか離れてないし、裁判沙汰になった揚げ句家を出ることになったボク
が逆恨みで放火…なんてことも十分考えられるではないか。
電話を切り、さっそくけいとさんに連絡をとる。とにかく、今の話は伝聞情報であっ
て確かなものとは言えないから、ちょっと現場を見てきて欲しいとお願いする。けい
とさんはさっそく夫と一緒に現場へ…。
その間にほさかに電話をして、事情を話すと、
「え〜〜っ! 」
「驚いた?」
「うん、かなり驚いた…あのさがぶんさんの元の家が火事で燃えちゃったんだって!
(と、隣にいるみっちゃんに報告)」
「今、けいとさんたちが確かめにいってる。オレが行きたいけど、ほら、犯人は再び
現場に戻ってくるとかなんとか、そんな風に疑われる可能性もあるからね」
「そうだよ、とにかく一番先に疑われるじゃん。でさ、その三日前にがぶんさんを見
たっていう話、その日がぶんさんは何してた?」
「え? 三日前?」
「そうそう、水曜日」
「覚えてないよ〜、そんなこと」
「なんでさ、つい三日前のことだよ、火曜日に大雨が降って、水曜日はよく晴れた日
だったじゃん」
「ん〜、覚えてない」
「もうバカ! それが見間違いってことが証明されれば、かなり状況は違うのにぃ。
でもあれだよね、さすがにこれを掲示板に書くわけにはいかないしね」
「え? いま書こうと思ってたのに…」
「げっ!、、そうか、、まいいけど書いても」
「というわけだから、じゃ〜ね」
…と、電話を切ると、ものの一分もしないうちに、火災現場から帰ってきたけいとが
電話をくれた。
「燃えてた、っていうかもう鎮火してたけど、とにかく前面道路は封鎖されてて、ま
だ消防の人もいっぱいいて、しょうがないから裏に回ってみたんだけど、そこにも消
防車があってホースをず〜っと伸ばしてて、そこから歩いて回ってみたんだけど、居
間とか台所はもう中が見えるくらい燃え落ちてたわよ」
「じゃ、そっちが火元かな? 不審火? 放火?」
「さあ、でもやっぱり疑われるわねぇ、事情聴取くらいは受けるでしょう」
「だよねぇ、逮捕されちゃうかも知れないな。でもあれだよね、電気とか水道とかは
先月いっぱいで正式に止めてもらってるから火の気はないはず。ってことはやっぱり
誰かが…、ってことだし」
「とにかく一日二日様子をみましょ! だめよ、掲示板に書いたりしちゃ」
「あ、いま書こうと思ってた」
「だめだめ」
「うん、じゃそうするよ」
、、、、、、あっ、、、いま(11:45)外を消防車が走っている。カンカンカン
カンと完全鎮火を知らせる鐘を鳴らしながら…。
さて、この事件の顛末は…、、といってもまだ事件は、リアルタイムで始まったば
かりだが…。
そして日が明け、メルマガ配信の今日、朝9:00。
「もしもし、警察ですが」
と、作り声のけいとから電話があった。
ちなみに…♪わ〜たしは、やってない♪

                             がぶん@@

◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◆もくじ◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◆
    
  ●連載『引用集』第2回 フォークナー『サートリス』 保坂和志
  ●新連載:「ねこちゃん話・『副丸登場』 vol.01」  まゆ子
  ●連載:ミニラボ:ミワノ
  ●連載:「そらめめ」  くま
  ●連載:極楽月記 vol02「ここからまた始まる、後編」 がぶん@@
  ●連載:「お稽古の壷」 その4   けいと
       
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●連載『引用集』第2回 フォークナー『サートリス』 保坂和志

 11月の後半はめったにないほど気持ちが疲れた時期でした。ジジ(メス14歳)
が、去年の大晦日になったのと同じ胃潰瘍になって、一度は吐血したりもして、ジジ
の看病に気をとられていたら、花ちゃんが突然何も食べなくなって、花ちゃんもジジ
ほどではないけれど肥満で、肥満している猫が何も食べない日が続くと(早い場合に
は1日半くらいで)、急性の脂肪肝になって死に至ると言われて、一日入院させたり、
さきに管をつけた注射器で流動食を食べさせたりしていて、そういう家庭内の出来事
と平行して、甲府の伯父が突然、余命1ヵ月と告げられて、お見舞いに行って、「そ
れなりにしっかりしているから、1ヵ月ってことはないだろう」と思っていたら、そ
の数日後に亡くなって、お通夜に行ったり、京大の講演のために連休の京都に往復し
たり……と、あったのだけれど、今は外猫の、11月20日の朝、雨の中で死んでい
たミケ子のことを書きます。ミケ子の横には子猫が2匹いた……。

 私は外の猫たちには名前をつけないので、呼び名(便宜的な区別)はすべて外見の
模様でつけることにしていて、ミケ子は「薄茶」が2001年の8月末に産んだ2匹
の猫の1匹で、もう1匹はオスの「黄色ちゃん」。「薄茶」転じて「薄茶ママ」は翌
年(2002年)も4匹を産んだが、そのころは近所のTさんのところにばっかり行
っていたので、私はどんな子猫が何匹産まれたかもわからなかったのだが、Tさんに
よると、4匹産まれて、2匹を近所に里親に出したらしいが、あの「薄茶ママ」から
子どもをよく引き離せたと思う。

 何しろ気が強くて、人間を信用しなくて、近寄ると「シャーッ」と威嚇する。子猫
なんか絶対に人に触らせないはずなのに、よく引き離せたと思う。で、残った2匹が
どちらもメスで、これも三毛と茶トラ。しかしこれはTさんが「ピース」と「プリテ
ィ」という、とてもピースでプリティな名前をつけている。

 Tさんはうちに来る路地の入り口の家の人で、自分の家の前に引っ越しの車が止ま
ったりしたら大変で、いきなり怒鳴ったり車を蹴ったりするような、ものすごい怖い
人だけど、猫と犬には優しい。だから、近所の猫嫌いの人たちに対しても、“核抑止
力”的な存在だと思ってはいるんだけど、そのTさんも最近の猫の増え方は心配して
いて、三毛のピースだけはつかまえて、避妊手術をした。でも、確かピースは手術の
前にすでにTさんの庭で子猫を産んでいて、Tさんはそれを取り上げて、渋谷にある
知り合いの獣医に頼んで、里親を探してもらったらしい。関係ないけど、Tさんも昼
間も夜もぶらぶら犬の散歩に歩いていて、私の家のまわりには私を含めて、昼間ぶら
ぶらしている男が3人いる。

 もうひとりは隣のYさんで、この人は24時間体制でパソコンのメンテをしている
んだけど、昼間しょっちゅういることには変わりない。これがまた猫も犬も好きな人
で、もともとは2000年の7月にぼろぼろのすがたで現れた、黒トラの「ニャンコ」
をYさん夫婦が助けて、ニャンコに餌をやりだしたところで、近所の猫の繁栄のすべ
てが始まっている。−−が、彼は、ひじょうに早い時点で、こうなることを予測した
ので(彼は仕事柄、危機管理能力が高い!)、ニャンコ以外の猫にはタッチしていな
い。ニャンコのひどいぼろぼろぶりは、本当にひどくて、往診してくれる獣医を呼ん
だら、「すでに年齢は10歳を越えていて、たぶんエイズによる口内炎」と診断され
て、「一時的には持ち直すだろう」という、いわば対処療法のつもりでステロイドを
注射したんだけど、その後ぐんぐん元気になって、いまでも元気に動いている。

「本当に『10歳以上』の『エイズ』なのかよ」と、誰もが思うんだけど、確かにニ
ャンコは一度も妊娠をしたことがない。誰とも喧嘩もしないどころか、誰よりも弱く、
「薄茶ママ」や「ピース」や、たぶん一番弱かったミケ子が来ても、逃げていた。

 というところで、すでに登場したのが、人間では核抑止力のTさんと危機管理能力
のYさん。猫で、「薄茶ママ」と01年産のミケ子と「黄色ちゃん」、02年産のピ
ースとプリティ、そしてニャンコ。短い割に登場人物が多く、その説明で今回は終わ
ってしまいました。つづきは来月。「薄茶ママ」と2匹の子猫のことは、かつて「季
節の中の猫」というエッセイに書いたので、それを読んでみてください。
 
http://www.k-hosaka.com/nonbook/nonframe.html
 
このページの左にある「猫編」をクリックするとあります。

 
 では、連載の本編をはじめます。

 『未成年』につづいて『引用集』第2回は、フォークナーの『サートリス』(林信
行訳)。これは白水社の「新しい世界の文学」というシリーズで、このシリーズには、
サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』、ヴォネガット『母なる夜』、マンディアル
グ『オートバイ』、バース『旅路の果て』などが収録されていて、1960年代から
70年代にかけて読まれていた。いまでもここに挙げた4作は白水社のuブックスに
場所をかえて収録されているけれど、『サートリス』はあいにく入ってなくて、絶版。
訳者は違うはずだが、富山房のフォークナー全集だったらいまでも『サートリス』が
手に入るかもしれない。

 『未成年』『サートリス』と、その作家の代表作とみなされていなくて、読者の支
持も少ない作品がつづいたのはたんなる偶然で、「絶版ないし入手困難な小説を取り
上げよう」というつもりもない。

 『サートリス』は、ひとことで言ってしまうと、気の荒いサートリス家の男たちの
話。サートリスの血筋のなかで、ジョン・サートリスが三人、ベイヤード・サートリ
スも三人出てくるあたりは、ガルシア=マルケス『百年の孤独』に似ている、という
か『百年の孤独』のヒントになったのかもしれない。

 男たちの物語ではあるけれど、最後まで生き残るのはミス・ジェニィというおばあ
さんで、「主人公は誰か?」と言ったら、この人かもしれない。フォークナーの小説
はとかく男の所業を中心に語られるけれど、女がいつも重要な役割を果たす。

 引用は、今回も風景に関わるものが多いけれど、フォークナーの小説の中では一番
ニュートラルな描写だと思う。それでも修辞的というか、風景や物にいろいろな記憶
が張りついていて、ちょっと大げさな感じがするかもしれないが、他の小説ではもっ
とすごい。おもしろいことに、フォークナーは作品ごとに視点というか、著者と登場
人物と描かれる世界の関係が違っている。『アブサロム、アブサロム!』などは、た
んに「その人によって語られる」ということをこえて、登場人物というフィルターを
通して世界が描かれるが、『サートリス』では世界全体もニュートラルで、人物を通
さずに描かれている。『アブサロム、アブサロム!』の風景の描写などは修辞の度が
すぎて辟易してしまう。

 

 いつもように、フォールス老人はジョン・サートリスをいっしょにつれてきていた。
群営の救貧農場から三マイルの道を歩いて、その着ている色のさめた胸あてズボンの
さっぱりとした、だが土っぽいにおいのように、死者の魂をその死者の息子のいる部
屋の中へつれてきていた。そして彼ら二人、貧困者と銀行家は、すでに三十分ものあ
いだ部屋の中に、死の世界にいていま戻ってきた人物といっしょに腰をおろしていた。

 時間と肉体から解放されてはいたが、彼はその二人の老人のどちらよりも、はるか
に手でさわることのできるような存在であった。隣の部屋では銀行の業務が行われて
おり、左右両隣の店ではそこにいる人々が壁を通してきこえてくる老人たちの意味の
わからぬどなり声に耳をかたむけているとき、彼らは互いのつんぼの耳にときどき声
をはりあげていた。同じつんぼで死の時のなかに封じこめられ、ゆっくりと進みよっ
てくる日々の衰弱のために痩せ細っている二人の老人よりは、彼ははるかに手で触れ
ることのできるような存在であった。そしてフォールス老人が自分の家と呼んでいる
ところへ三マイルの道をてくてくもどっていったあとでも、ジョン・サートリスは、
その顎ひげをつけた鷹のような顔をして、部屋のなかに、息子の頭の上やその周辺に、
なおとどまっていた。それゆえ、老ベイヤードが両足をくんで冷えた炉の隅に坐って
いるとき、彼にとってはその父の息づかいがきこえてくるようであった。それはまる
で父が、子の住んでいるまったく音のない城砦のなかへしみとおってくるほど、ただ
関節でつながれているうつろいやすい土くれよりは、はるかに手で触れることのでき
る存在のようであった。(導入部分 9ページ)

 

 ベイヤードは事務所に入って葉巻に火をつけた。ミス・ジェニィは彼のあとからそ
こに入って、ランプの下のテーブルに椅子をひきよせメンフィスの夕刊をひらいた。
彼女は色彩ゆたかな変化にとむ人生を好んだ。そして正確でまじめな事実よりも、い
きいきとしたロマンスを愛好していた。それゆえ、たとえそれが昨日の新聞であって
も、より色彩の強い夕刊のほうを好んでいた。そして彼女は、いわば冷たい熱心さと
いうようなものをこめて、放火とか殺人とか激しい壊滅、姦通などの記事を読んだ。
やがて間もなくアメリカの社会は、酒類密輸入者間の戦争という形で彼女をたのしま
せるようなものをおくることになるのであったが、このときはまだそれにはいたらな
かった。彼女の甥は、やわらかにおちるランプの光のむこうで、両足を炉の隅にこす
りつけて腰をかけていた。その炉隅のニス塗りは、彼の靴の底革とその父ジョン・サ
ートリスの靴の底革とで、すっかりぬぐいけされていた。彼はなにも読んでいなかっ
た。そしてミス・ジェニィはときどき眼鏡ごしに新聞のうえから、彼をちらちらと見
ていた。彼女はふたたび新聞を読んだ。部屋のなかには、ときおりかさかさと紙のな
る音以外には何の音もしなかった。(42ページ ミス・ジェニィの特徴を簡潔に記
述している箇所)

 

 ミス・ジェニィはヒエンソウを切りつづけていた。客は白い服をつけた丈の高い姿
でそばに立っていた。美しくて大きい簡素な家屋が、茂った立ち木のあいだに高くそ
びえ、庭は陽光をうけて花で明るく、数えきれぬ多くのかおりとねむそうな蜜蜂の羽
音がたちこめていた。−−それはまるで陽光が音をもったとでもいうように、しっと
りとした黄金の音で−−身近なもの、見慣れているものからできている、触れること
のできないベールであった。ただ、そのむこうに、青銅色の、渦巻きのようにたばね
た髪の毛をもち、男女両性のように常時不安定な小さな、しなやかな体をもつ娘がい
た。それは刻まれた性のない人物像の、動きの瞬間にとらえられたそれのように、動
きをふくんだ定着であり、どんな小さな行動をするにも手足のすべての部分を動かす
にちがいないメカニズムで、はげしい手は、触れることはできないがたっぷりとした
ベールの彼方で、非難しているのではなく、情熱をこめて動いているのだった。

 ミス・ジェニィは花壇のうえにかがみこんだが、そのせまい背中は、かがみこんで
いながらも、まっすぐで、不屈であった。一羽のツグミがめだたずに明るい空中をよ
こぎって、消えていく放物線をえがきながら、もくれんの木のなかにとびこんだ。
「それからあの子がまた戦争にもどっていったときに、あれは彼女をこの家につれて
きて、わたしの手もとにおいていったんですよ。」客は白い服をつけて動かなかった。
「いや、わたしはこんなことをいうつもりはなかったのよ」とミス・ジェニィはいっ
て、ヒエンソウをはさみ切った。

「女というもはあわれなものです」と彼女はいった。「いつでもどこでも、できるも
のならわたしたちは男に復讐してやらなくちゃならないと思うんです。少なくともあ
の女はベイヤードを責めてやってよかったですよ。」

「その女(ひと)が死んだときに」とナーシサはいった。「あのかたは知るわけはな
かったのでしょう。それに知ったとしても帰ってくるわけにはいかなかったのでしょ
う。それなのにおばさまはそんなことをおっしゃるんですか?」

「ベイヤードがだれかを愛するのですって、あの冷血漢が?」ミス・ジェニィはヒエ
ンソウをはさみ切った。「あの子はこれまでジョンのほかにはだれも愛したことはな
いんですよ。」彼女はヒエンソウを荒々しくはさみ切った。「まるでわたしたちの責
任のように、まるでわたしたちがむりに戦争に行かせでもしたようにいばりちらして
いるんです。そして今度は、どうでも自動車を手に入れようとして、わざわざメンフ
ィスまでそれを買いに行ったんです。ベイヤード・サートリスの物置きに自動車を置
こうというのですよ。それを持っている人間にはけっして銀行のお金を貸そうとしな
い人の物置きにね……あなたスイートピーはどう?」

「ええ、いただきたいわ」とナーシサはこたえた。ミス・ジェニィは体をまっすぐに
したが、そのままじっと動かずに立っていた。

「あそこを見てごらんなさい。」彼女は鋏をかざして指さした。「かわいそうに、あ
れも戦争の被害者の姿よ。」スイートピーをかこってある場所のむこうで、カーキ色
の服をきたアイサムが重々しい歩調で行ったり来たりしていた。彼の右肩には鍬(く
わ)が、そしてその顔にはうっとりとした表情がうかんでいた。そして彼は、その巡
回区域の端でひきかえすごとに、低いゆっくりとしたうたうような調子で自分に号令
をかけていた。

「こら、アイサム!」とミス・ジェニィが叫んだ。

 彼は武器を肩においたまま、中途で立ちどまった。

(58ページ 『サートリス』は1920年の話である。自動車が珍しい乗り物であ
るということはあらためて説明するまでもないだろうが、じつは、これをいま書き写
すまで、私は『戦争』が南北戦争を指すものだと思い込んでいた……。しかし南北戦
争は1861−65年なので、そういえば第一次世界大戦をさしていたような気がし
ないでもない【しかしメキシコとの戦争とかがあったのかもしれない】。引用を書き
写す前に読み返しているわけではないので、説明が不的確ですいません。それはとも
かく、私は、ミス・ジェニィがしゃべりながらヒエンソウを切りつづけているこの場
面がすごく好きだ。はじめてここを読んだのは『プレーンソング』を書く前後だった
と思うが、いままで読んできた小説の中でも、屈指に好きな場面で、その後の私の小
説の場面の理想形になっているかもしれないと思う。)

 

 スノゥプスはそこから台所の踏み段のほうへいった。そこは草のない鶏の柵囲いが
あり、何羽かの鶏が見捨てられたものの狂わしい様子で、土のなかをかきまわしたり
はねまわったりしていた。一方にはきちんと手入れされて畝立てられている野菜畑が
あった。また、庭の片隅には、雨風にさらされた板でてきている、納屋のようなもの
があった。

「ヴァージル」と彼は呼んだ。その中庭はさまざまな亡霊で、まったくわびしい状態
であった。ひきぬかれて捨てられている雑草、空罐、こわれた箱や樽の形になってい
る食物の残骸。薪の山、物切り台、そしてそのうえには、錆びた針金で素人くさく修
繕されていてる柄のついた斧がのっていた。彼が踏み段をおりると、鶏は餌をもらえ
ると思ったのか、一段とやかましくさわぎだした。(104ページ)

 

 サリィ叔母は、その美しい編み物の半端ものと義歯とを入れた籠をもって家にかえ
っていった。そしてそのいなくなったあとには、なにかその身辺的なものの犠牲にお
いて、ぼんやりとしているが、あるはっきりと定められている義務が果たされたとい
う感じと、年老いた女の肉体のかすかなにおいとが残っていた。そしてそれは次第に
その屋敷内でうすれてはいたが、それでもなお思わぬところに漂い残っていた。それ
ゆえナーシサは、ときどきホッレスをふたたび家に迎え入れることができたという感
覚的なよろこびにひたりながら、暗い部屋のなかで目を覚まして横になっているとき、
ひっそりと静まりかえっている家の中で、サリィ叔母のおだやかな寝息がきこえてく
るような気がするのだった。

 ときどきそれがあまりにもはっきりときこえるので、彼女は息をのんで、だれもい
ない部屋のなかにサリィ叔母の名を呼ぶことがあった。そしてときには。サリィ叔母
が実際にこたえることもあった。というのは、彼女はその思いついたときに前触れも
なくいつでもやってこられるという特権を利用して、彼らがどのように暮らしている
かを見るために、あるいはまた、自分の家のことについて憤懣をまじえた愚痴をこぼ
すためにやってくるからであった。彼女は変化についていくにはあまりにも老齢であ
った。そして家内のだれもが彼女の家事監督について文句をいわぬ家のなかに長く滞
在していたために、その姉妹たちのやりかたに自分を調整していくことがほとんどで
きなくなっていた。(170ページ)

 

 サイモンは屋敷のまわりでのろくさと仕事をしていた。彼の錦織りの塵よけ外套と
山高帽は、馬具部屋の釘のかかってほこりや籾殻(もみがら)をかぶっていた。そし
て馬たちは牧場でのらくらとしてやたらにふとっていた。その外套と帽子が釘からは
ずされ、馬たちが馬車にくくりつけられるのは、週に一度だけだった。それは日曜日
に、教会へ行くときだけであった。ミス・ジェニィは一時間五十マイルの速さで教会
に自動車ででかけていくことでいまさら救済をあやうくすることはしないといい、自
分の日常の行為を慎めば取り除かれる罪がたくさんある、とりわけ老ベイヤードとヤ
ング・ベイヤードが毎日その首をへ折りそうにして近辺を走りまわっているので、そ
の老ベイヤード魂を天国へ入れるようにしてやらねばならないのだから、といってい
た。ヤング・ベイヤードの魂についてはミス・ジェニィはもうあわててはいなかった。
彼には魂はないのだときめていた。(186ページ)

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●新連載:「ねこちゃん話・『副丸登場』 vol.01」  まゆ子
   こちらからどうぞ
       ↓
http://www.k-hosaka.com/nekobana/nekobana1.html

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●連載:「ミニラボ」  ミワノ
   こちらからどうぞ
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●連載:「そらめめ」  くま
   こちらからどうぞ
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●連載:極楽月記 vol02「ここからまた始まる、後編」 がぶん@@

ここに引っ越して来てからほぼ一ヶ月。
ようやく馴染んできたこの部屋から、こうやってぼんやり外を眺めていると、これま
で生きてきた半世紀余りの人生の道のりを、しみじみと振り返り自分を見つめ直す…
なんてこともなく、さて今夜はさっき飼ってきたおにゅーのコンロでサンマでも焼く
ことするかと心に決める。
              つづきは↓で
http://www.k-hosaka.com/gokuraku/gokuraku02/gokuraku02.html

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●連載:「お稽古の壷」 その4   けいと

お茶のお稽古に行くようになって、心からたのしみにしていることが、その日、出さ
れる和菓子。これは、花鳥風月、季節を連想させる自然のモチーフが多く、見た目が
きれいで、それぞれには、「ぬれつばめ」「初木枯らし」「深山の朝」「花いかだ」
などの、なるほど、ぴったりだわ、と思わせる銘がついている。それらは、大概、北
海道や備中産の小豆とか、吉野の本葛、阿波の上質な和三盆など、「こだわりました!
!」という感じの材料が使われていて、そういう説明を聞いただけで、ひとつの和菓
子がなんだか、とってもありがたく思えてくる。大仰だけど、菓子盆を両手でおしい
ただき、自分の懐紙にうやうやしく取り、黒文字(これは茶菓子を食べる時に使う楊
子のこと、黒文字とはそもそも落葉樹の名前で、昔は茶事があるその日の朝に、亭主
が庭から伐ってきた黒文字を削り、お客に出したんだそう)で、ちょっぴりずつ切り
わけて食べると、実際、ほんとにおいしいのだ。これは、同じものを自分の家で、テ
レビでも、見ながら、お番茶といっしょに、みくちくらいででパクリと食べちゃう時
と、味までちがって感じるんだけれど、まあ、わたしは、どっちのシチュエーション
も好きです。
ところで、幼い頃、わたしは、ほとんどの甘いものが苦手だった(チョコだけは例外)
。お饅頭や羊羹、お汁粉も、ケーキもクッキーもドーナッツも、ジュースも飴も、そ
の他、自然な甘味のさつまいもも、カボチャもバナナも柿もあんまり好きじゃなかっ
た。だから、お茶を習い始めた中学生のころは、出された和菓子は毎回、懐紙に包ん
で、持って帰ってきていた。
それが、高校二年、初めて和菓子が美味しいと思ったのだ。それはちょうど、制服が
夏服に変わった頃だったと思う。
その日、お茶室に入る前に、靴下をはきかえて袱紗(ふくさ)挟みを用意して、中に
入ろうとした時、離れのようなところから先生の娘さんが出てきた。お茶の先生のと
ころは、そのころ住んでいた街の中でも、ひときわ大きな家で、とりわけ、庭がりっ
ぱで広くて、よくよく聞いたこともなかったけれど、印象としてはかなり由緒のある
家という感じ。とは言っても、所詮、北海道なわけだから、そうたいした歴史はない。
だって、屯田兵が入る前までは、そこらへんは原野だったところだもの。その娘さん
も一応、先生ではあったんだけれど、結婚して出産したりといろいろ忙しそうで、お
稽古には、ほとんど顔を出さず、時々、お菓子を運んだり、お月謝とかお茶会の連絡
などお世話役をしていて、実際に教えてくれる先生と違って、気さくにおしゃべりし
てくれる人だった。
「きょうは特別にわたしが作ったのよ」
その娘さんは、直径30センチくらいの大きな菓子鉢をようやっと、かかえながら、そ
う言った。
中を覗くと、水が張ってあるその中に、ぷるぷるしたカエルの卵のでっかいようなも
のが、ぷかぷか浮いていて、お庭でとってきたグリーンの葉っぱも散らしてあって、
見ただけで、涼しくなるようなものだった。
「なんですか、これ」
「ここの透明な部分は葛(くず)で、中はこし餡が入ってるの、おいしいわよ」
実はそれまで、甘いものがきらいだったせいで、みたらしだんご以外の和菓子につい
ては、ほとんど興味がなかったので、葛も知らなかった。その菓子はたぶん、「葛ざ
くら」だったと思うんだけれど、食べたこともなかったし、今でも葛ざくらをあんな
風に水に浮かせていただいたことはない。
実際、お茶室で、そのお菓子をいただいた時は、ほんとにおいしかった。とろんとし
てるのに、弾力があって、中のこし餡も思ってたほど甘くなく、さらりとして軽い口
当りで、葛にしっくりなじんでいた。
そういえば、今思い出したんだけれど、そのころ、わたしは前の歯がなかったのです。
高校一年生の2月に、事故で前歯を、たしか、6本くらい折って、歯の骨までおれてい
たので、というのも、八重歯があったせいで、上の骨の方まで折れてしまったの、で、
傷が直り、そこがしっかり固まるまで義歯を入れられないので、長い間ずっと前の歯
がなかったのだ。前歯がなくなってはじめて気付いたのは、いかに食べる時に前歯が
重要かってこと。ほんとに、やわらかいものしか食べられず困りました。なるほど、
それで、そういう葛みたいなものが美味しく感じたんだわね、きっと。
そういうわけで、高校二年の時にわたしの味覚はぐんと、大人になり、それからは、
だいきらいだった羊羹も、練りきりもすこしづつたべるようになり、つい最近までは、
秋田のもろこしはお土産でもらっても絶対食べられなかったんだけれど、「生もろこ
し」という軟らかめのものを食べてからはそれもいけるようになりました。
お茶で出されるお菓子の中には、古くから、ポルトガルから伝わったお菓子がある。
「鶏卵素麺」もそうなんだけれど、これは糖蜜と卵黄を素麺風に作ったもの。食べて
みると、実に抹茶にあうし、南蛮貿易のころ、ポルトガル人に教わったお菓子と聞か
なければ、日本の古くからの和菓子と思うに違いない。ただし、けっこう食べにくい。
このあいだ、今、習っているお茶の先生がポルトガルでお茶会を開くお仕事があり、
そのお土産に本場の鶏卵素麺を買ってきてくれた。食べ比べてみると、ほとんど味は
同じ、ただ、日本のほうが、やはり見るからに繊細な姿だったけれど。
鶏卵素麺の他に金平糖もポルトガルから伝わったお菓子。
先日、保坂さんが、京都大学の文化祭で講演があった時、その実行委員長がお土産に
くださった。それが、日本でただ一軒の金平糖専門店「緑寿庵清水」の金平糖。パン
フレットによると、創業弘化四年、「金平糖は1546年ポルトガルからもたらされた異
国の品々のひとつで、中でも、ひときわ美しく、人々の目を引いたお菓子でした。当
時はとても珍しく貴重な品とされ、製造法はいっさい秘密でした。織田信長も宣教師
から贈られたとされています。」なんですって。ちょっと驚きでしょ。
お茶の席でも金平糖は、「振り出し」という、瓢箪型の七味入れによく似た形の入れ
物に入れられ出ることがある。いただく時は、懐紙の上で、お行儀よく、両手で小さ
く回しながら出すんだけれど、見てるだけでちょっと風流です。
作り方は、以前、テレビ番組で、見たこともあったんだけれど、とにかく、手間ひま
かけて作られている。大きな釜に0.5ミリのイラ粉という餅米をくだいたものを入れ、
がらがら回転させ、グラニュー糖を振りかけながら乾燥、この工程をくり返すこと、
なんと、おおよそ二週間から20日間。完成するまでに、こんなに時間がかかってたな
んて想像できなかったでしょ。
実行委員長さんにいただいたものは、かわいらしい手鞠の絵が描かれた赤い信玄袋に
入ったもの、よく知ってるあの白とピンクのコンペ−ト−みたいに、何十個かを一気
に口の中に流し入れてかりかり食べちゃう風にしたら、いっぺんになくなっちゃうほ
ど、少量づつ、味別に小袋に入れられていて、種類は、天然サイダー、蜜柑、バニラ、
黒豆紫蘇、わたしは、天然サイダーが気に入った!!
他にイチゴ、メロン、らいち、桃、さくらんぼ、トマト、ブルーベリーにカルピス、
ラ・フランス、チョコレート、キャラメル、ブランディーから梅酒まで、その他まだ
まだいっぱいあるんだから、なんだか、味を想像するだけで、たのしくなってくる。
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メールマガジン「カンバセイション・ピース vol.09 2003.11.30配信
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