『現代思想を読む事典』

オーウェル ジョージ 1903→1950 George Orwell

イギリスのジャーナリスト、小説家。アナキズム思想家。
専制への告発が彼の主題で、それはビルマでのイギリスの圧制を描いた『象を撃つ』、スペイン革命義勇軍での体験に基づいた『カタロニア讃歌』、ソ連を念頭におくSF小説『1984年』等、すべての作品に一貫している。
しかし、名著『1984年』は単なる全体主義告発の書ではなく、言語と歴史の人為的操作能力の向上が呼び覚ます、現実の解体と、純粋意識による真実の包摂を描いた、極めて奥深い哲学的作品である。それは今日の資本主義の超現実的な文化模擬能力が、人々の生活から民衆的共同性や現実の確からしさを奪う様を、先取りして描いている。だが他方、この作品が予想するサディズム的憎悪の前面化は、あくまで理念支配的な近代政治にその対象を限定し、脱近代の超現実性がもつ新しい可能性からは、作品の世界を閉ざしている。
【参考文献】オーウェル『カタロニア讃歌』橋口稔訳<筑摩書房>/同『1984年』新庄哲夫訳<早川書房>/『オーウェル評論集』小野寺健編訳<岩波文庫>
〔樫村晴香〕


オーウェン ロバート 1771→1858 Robert Owen

イギリスの社会主義者。共同組合方式によるニューハーモニー村(アメリカ、一八二五〜二八年)の建設を代表とする、ユートピア的な社会主義運動を実践。ベンサム的功利主義の流れを引き、産業革命で増大した新たな生産力を、利己心と私的所有を否定する、道徳的な立場に結びつけようとした。
彼は人間の性格は環境によって決定されるという、性格形成原理を信奉し、それにもとづいて当初は紡績工場経営者の立場から、労働者の生活条件の改善を目ざす。工場内に<性格形成新学院>を設立し、新しい児童教育も実践。やがて生産と生活の共同化を行う上述の共同体運動に至るが、すべて挫折した。他方、生産と消費の不一致による不況と失業への考察から、貨幣の廃止と労働時間券による生産物取引を企画。労働運動にも影響力を与え、一八三四年、一〇〇万の労働者を擁して、英国全国労働組合大連合を結成させた。
【参考文献】オーウェン『オーウェンわが自叙伝』五島茂訳<岩波書店>
〔樫村晴香〕


ソレルス フィリップ 1936→ Rhilippe Sollers

フランスの小説家、文芸評論家。一九六〇年代、文芸誌『テル・ケル』を編集。アルトー、バタイユ、サドといった、西洋形而上学の臨界に位置する作家たちに光をあて、真実と自己同一性にもとづく西欧的思惟に対し、文芸批評の場から捉えなおしを進める。さらに『ドラマ』(一九六五年)、『数』(一九六八年)といった、エクリチュール、すなわち書く行為そのものを主題とする作品を、突出した表現を用いて次々に制作。言語と意味作用が崩壊するに至る、究極的エクリチュールにおいて、その飽和の果てに新たに世界が生まれてくる、エクリチュールそのものの物語を、美しくも洗練された文体を通じて実践した。
これらは彼の表明した毛沢東主義と相まって、一九六八年五月革命の時代に、絶大な文化的影響を与えた。しかし彼の感受性は全体としては、古典的精神分析への愛着が示すように、正当なブルジョア的伝統を受けついでいる。
【参考文献】ソレルス他『公園/愛する大地』岩崎力他訳(世界の文学26<集英社>)
〔樫村晴香〕


トロツキー レオン 1879→1940 Leon Trotsky

ロシア革命における、レーニンに次ぐ指導者。レーニンが状況的政治判断に優れ、党の強制力に革命の基盤を求めたのと比べ、彼は歴史や社会の原理的認識にたけた、より合理主義的な人間であり、労働者階級の自己必然的な革命化に最も信をおいていた。それゆえ一九一七年の各ソヴィエト蜂起や内戦期に、絶大な指導力を発揮するも、一九二四年のレーニン死去以降、政治判断の甘さと、妬みや敵意など人の負的感情への無理解さによって、スターリンとの闘争に敗北。国外追放の後暗殺された。
『永続革命論』は彼の理論的主著で、そこで彼は、資本主義の未発達なロシアにおける革命は、資本家と労働者双方の虚弱さゆえに、ブルジョア民主主義革命の枠内に収まらないことを予想。その成功には、西欧各国での革命の連続が不可欠であるとし、より現実主義的なスターリンの一国社会主義論と対立した。
【参考文献】『トロツキー選集』<現代思潮社>
〔樫村晴香〕


ファノン フランツ 1925→1962 Frantz Fanon

フランス/アルジェリアの精神医学者、黒人解放思想家。黒人である彼の思想的課題は、白人と有色人種が絶対的に二分されている、いわゆる植民地状況を、人間精神の根幹のあり方から解明し、黒人の白人への絶対的な他者性と、それゆえの全面的暴力を理論づけることだった。
『黒い皮膚・白い仮面』は、両者が身体格差を通じて相互に自己愛的充足に陥りつつ、一種共犯関係を結んでしまう差別意識の現状を、精神医学的に解明。またヘーゲルの承認の弁証法を援用して、黒人は白人の自己確認において、いかなる媒介項ともなりえず、絶対的な他者性に留まることを示唆し、それゆえ根源的決裂を抱えた黒人は、全面的な暴力を通じてしか自己解放しえないことを説いて、『地に呪われたる者』の暴力論へと展開した。他方彼は、先進国に収奪された財の再配分を求め、後の不等価交換論争も先がけている。
【参考文献】『ファノン著作集』<みすず書房>
〔樫村晴香〕


ルフェーブル アンリ 1905→ Henri Lefebvre

フランスのマルクス主義哲学者。
彼の基本的立場は人間主義的なマルクス主義で、そこで中心的価値を担うのは、全体性という観念である。すなわちマルクス主義は単に経済や歴史の科学でも、ヘーゲル流の思弁哲学でもない。それはプロレタリアートの革命的実践という、批判的な企画と結びついて、人間という、科学的に認識しかつ行動する、ひとつの全体的存在を道づける。
つまり彼は全体性という価値を通じて、マルクス主義をソクラテスからヘーゲルに至るヨーロッパ的理念と哲学の頂点に位置づけた。人間は統一的な真実を体現する、あくまで全体的な存在であるべきで、それは疎外を克服して人間性の復権をめざす、労働者階級の弁証法的実践を通じて現実化されるだろう。
その立場から、彼は『日常生活批判』や『都市革命』など、多岐な社会問題に考察を加え、六八年五月革命にも絶大な影響を与えた。
【参考文献】ルフェーブル『総和と余剰』森本和夫他訳<現代思潮社>
〔樫村晴香〕


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