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◆◇◆ メールマガジン【いなむらL7通信】 第11号
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2002/1/20 vol.11
今年になって初めての配信ですが、
もう新年の挨拶なんて言いませんからご安心ください。
そういう人ってよくいますけど、
しらけるんですよね、タイミングがずれて挨拶されると。
新年の挨拶は一月三日まで! とか、
この際、法律で決めてくれないかしらね。
とはいうものの、なんか言わないと気がすまないから、
「もうすぐ旧正月が明けます! おめでとうございます!」
これからもどうかご愛読のほどを。
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■■■ 芥川賞作家・保坂和志公式ホームページ ■■■
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★☆★----------もくじ--------------------------------------------★☆★
■連載【小説論番外篇】vol.11「言葉にあらわせないこと・あらわせるかもしれ
ないこと・あらわしたらまずいこと……と滑走感」 保坂和志
■ゲスト劇場・第八回きぬごしギャラリー発/ピノコとミーは舟でゆく2 くま
■今月の【わたしのオススメ】(オススメ人)
◆本:『滝田ゆう名作劇場』講談社漫画文庫(黒い犬)
◆果物:『八朔(はっさく)』(よ)
◆漫画本:黒田硫黄/『茄子』(講談社・アフタヌーンKC) (わ)
◆マンガ:『ご近所の博物誌』 わかつきめぐみ 白泉社刊 (めざ)
■連載【はやねはやお記】#3・by/おくい
■「稲村月記」vol.09 「スミコビッチの穴」 高瀬がぶん
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★次週特集予告★2002/02/20 配信予定
季刊「銀花」(文化出版局)編集長 山本千恵子さん
「銀花」はほんとに美しい雑誌だと思う。写真とか絵とかレイアウトとかそうい
うものもそうだけど、とにかく取り上げる題材が美しくて、それについての文章
がさらに美しい。とくに、彼女の文章は記名されてなくても、すぐに、あ、山本
んさんのだ!とわかるほど。それに驚きなのは、「銀花」のスタッフって4名し
かいないってこと。いつまでも続いてほしいなって思ってる。
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■連載【小説論番外篇】vol.10「言葉にあらわせないこと・あらわせるかもしれ
ないこと・あらわしたらまずいこと……と滑走感」 保坂和志
(1)
小説というのはひじょうに融通無碍(ゆうずうむげ)な表現手段で、現実にあ
ったことも現実には起こりそうもないことも、同じように本当にあったことみた
いに書くことができるけれど、私は現実には起こりそうもないことをなかなか書
く気になれない。そういうことを書く気になれたら、どれだけ生産量が増した
り、書いているときに開放感のようなものを感じることができるだろう、などと
考えることもあるけれど、どうしても私は現実に起こりそうな範囲に限定して書
くことにこだわってしまう。
たとえば、
「ある晩、ひとりで本を読んでいると気がつくと部屋の隅に幽霊が立っていた」
なんてことで話を書き始めることもできるわけだけれど、私は幽霊が実在する
可能性を考えたり、実在しないのだとしたら、幽霊を作り出した社会的な了解事
項や、精神のメカニズムを考えたりすることの方に、どうしても関心が向かって
しまう。
幽霊は私が見るものなのか。それとも、見られるものなのか。
私は見られるものの方だと思う。〈背後〉という気分のことだ。〈うしろ〉〈
後頭部の1、2メートル先〉……、そういうところが気になる、というか、そこ
に対する意識が生まれてくるのは決まって夜だ。昼間だって、そこは自分では見
ることができないけれど、夜のある時間帯にならないとそこに対する意識は生ま
れてこない。
幽霊でも何でもいいが、そこに何かがいてくれることの方が、もしかしたら救
いなのかもしれない。少なくとも小説を書くためには救いになる。しかし〈背
後〉というのは〈見ることができない=視界に取り入れられない〉空間のことで
あって、振り返ったところで〈背後〉が見えるわけではない。すばやく振り返っ
たら〈背後〉が見えるなんて考えるのは、小さい子どもだけだけれど、小説では
小さい子ども並のあやまちを犯して、それを話の起点にしてしまう(まさか、小
説で「すばやく振り返る」なんて手口は使わないが)
これは正確には「あやまち」ではなくて「ずるさ」だ。話の起点でだけそのず
るさを使うのならまだしも、小説というのはほとんどの場合、いろいろ肝心なと
ころでそのずるさを使ってしまう。ずるさのことをちょっと気取って「語りの詐
術」などと言ったりもするけれど、現実生活を見ていてもよくわかるように、ず
るい人は肝心なところでいつもずるい。ずるい人がいつも自分のずるさを意識し
ているかと言ったらそうでもなくて、ずるさは誠実に思考することの足をすくう
もので、だからこそタチが悪いのだ。それはともかく……。
〈背後〉は見ることができないけれど、人間は〈背後〉に見られている。〈背
後から〉見られているのではない。〈背後〉とは場所ではなくて、行為の主体だ
から、〈背後によって〉見られているのだ。
これはかなりの部分、脳の科学によって説明がつけられるらしい。人間は自分
自身の身体イメージを頭頂葉のやや後ろ寄りで作り出しているからだ。頭頂葉の
そこを起源とした意識だから、人間は自分の身体イメージをなんとなく頭上やや
後ろから作り出すようになっているらしいのだ。個人差があって頭上やや前方か
らのイメージを作り出している場合もあるらしいけれど、下から見上げるような
身体イメージを作り出している例はちょっと考えられない。
しかしそのように説明がつけられたからと言って、〈背後〉が消えてなくなる
わけではない。〈背後〉は理屈で説明がつけられる以前に生まれている。自分自
身の身体イメージそのものが言語的な理解に先立って生まれている。そしてその
身体イメージは言語によって捕獲することができない。
一人で本を読んだりパソコンを打ったりしている最中に、注意が、ふっ……と
自分自身に向かった、その直後のわずかな時間だけ身体イメージがうっすらと浮
かんで、それにもっと注意を凝らそうとすると……それは消えている。だから、
うっすらとだけ浮かんだものがすぐにすうっ……と消えていく、というプロセス
を書くことはできるけれど、浮かんだもの自体を書いたり語ったりすることはで
きない。私たちはただ漠然と、それを自分自身の身体イメージだと思っている。
(2)
と、こんなことを考えていたときに、深夜のテレビでローラースケーターのも
のすごい技をやっていて、私はほとんどカルチャーショックと呼んでもいいくら
いに感動してしまった。
ローラースケーターの彼は、台の上から60度もありそうな斜面に飛び下りて
ゆく。普通の言葉で言う「落ちる」が、彼にとってはそのまま「滑る」で、落ち
る動きの最中にかろうじてローラースケートが斜面に接触している。
私は子どもの頃、階段の上から飛び下りるのが好きで、それをいまでもひきず
っているのか、夢の中で、階段を2段抜かし、3段抜かし、4段抜かし……と、
駆け降りていって、スピードがついて止まらなくなって、そのうちに階段の段差
がどんどん広がって、ついには急斜面の段々畑となった広大な段差をドーン、ド
ーンと駆け降り(落ち)ていくように夢に強要されて、最後に空中に放り出され
て目が覚めることになるのだが、あのローラースケーターは、私の夢と同じ状態
を(勇気を持って?)楽しんでいるみたいだった。
これはローラースケートにかぎらないことで、スケートボードでも、スノーボ
ードでも、サーフィンでも、スキーでも、滑るものは全部同じだろうけれど、ス
ピードを出して滑るものは、スピードが出ているあいだは、スピードを下手に制
御しようとせずにそれに身を任せている方が、安全だし、“安定”している。
言葉というものは、だいたいにおいて、動いているものを捕獲して、固定させ
てしまうものと考えられがちだけれど、違うのではないか。身体イメージが浮か
ぶ短い時間もそうだけれど、音楽を聴きながら気持ちがものすごくドライヴして
いる状態も、存在論の本を読みながら「世界とはこういうものだ!」とか感じた
状態も、あっという間に消えてゆく。そういうことはどれも固定させることがで
きない。本質的に言語と相容れない、というか、精神と身体まるごとに起こるこ
とで、言語だけではとても追いつかないのではないか。
――そういうことを、じつはいままでに何度も考えたけれど、考えというもの
が元来、言語の側につきやすいために、忘れて、ついつい固定させよう、という
方向で考えてしまっているらしい。ローラースケートで落ちるように滑っていく
状態と「世界とはこういうものだ!」とか感じる状態は、比喩的に似ているので
はなくて、もっと本質的なところで同じなのだ。きっと。
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■ゲスト劇場・第八回
きぬごしギャラリー発/ピノコとミーは舟でゆく2 くま
1月1日 火曜日
昨年、ドナドナと車が売られていってしまって今年の初日の出はどうするのかな
と思っていたら8階に行くと言う。それまでは若洲海浜公園というところに、彼
だったり夫になったりした男とぶーんと車で行っていた。行くまでは大変だ。何
しろ眠い寒い。やめてーと思うが起こされ防寒梱包される。わたしは助手席で眠
っていればいいわけだけれど、出動してみればそれなりに朝の景色は楽しくラジ
オなんかはおもしろい。
この続きは以下のURLへどうぞ
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上記URLで登録・削除ともできますが、創刊号0号より申し込んだ記憶がない
にもかかわらず配信され、尚且つ、そんなもの読みたくない!、という方が
おりましたら、ごめんどうでも以下メルアドまで「よせ!」とメール下さい。
また、こちらの手違いで二重配信されている方がおりましたら、これまた誠に
申しわけございませんが、「やめろ!」と、メールにてお知らせ下さい。
gabun@k-hosaka.com 高瀬がぶん
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今月の【わたしのオススメ】(おすすめ人)
■本:『滝田ゆう名作劇場』講談社漫画文庫(黒い犬)
昭和30年40年代に発表された小説23篇が、滝田ゆうの漫画で一冊の文庫に
なった。文庫のあとがきの中で滝田ゆうは「・・・ただただモーローとして、風
景的でしかなく。心情的でしかなく。なにやら無性にかったるく・・・」という
自分の流儀にこだわらせていただいたと書いている。まったくその通りで、どれ
も似ている。しかし、そうかと思うと、原作の小説との肌合いも明らかにあっ
て、ユーモアが増幅されてオーラを発している小説もある! 宮原昭夫『小舟の
上で』や三浦哲郎『がたくり馬車』は、泣き笑いのおかしさ。それから、私小説
風なものの主人公は、その作家に顔が似ている! 遠藤周作、井上ひさし。私が
作家の顔を知らないだけで、本当はそれぞれが似顔なのかも知れない。と思いな
がら楽しんだけれど、23篇を1時間で読んでしまうというのは、いけないよう
な得したような複雑な感じたわ。
■果物:『八朔(はっさく)』(よ)
八朔の橙色よりは黄色に近い皮は硬くて張りがあってつやつやとしていて、手に
取るとずっしりと重い。その厚い皮に親指の爪を立てて強引に突き破って剥く
と、皮の裂け目から薄黄色の霧のような飛沫があがって、だから八朔を剥くとき
には必ずテーブルに新聞紙か何かを一枚ではなく複数枚敷かなければテーブルが
べたべたになるのは避けられず、皮を剥く手は当然八朔の汁だらけになって、部
屋は八朔の香りに満たされる。至福のとき。この「八朔の香り」としか説明が出
来ない匂いを嗅ぐとわたしの脳はこれも「八朔の味」としか説明できない独特の
苦味のある、酸味の強い、味を思い出して、唾液の分泌が盛んになる。皮が厚い
から大きな実を剥いて現れる房の固まりは意外に小さくて、その房の固まりから
もぎ取った一房を包む白くて厚い皮を丁寧に剥くと、、。
この400字ではとても語り尽くせないほどおいしいわたしのナンバーワン好き
な果物は、この時期にしか食べられません。皆さま、お早めにどうぞ。
■漫画本:黒田硫黄/『茄子』(講談社・アフタヌーンKC) (わ)
一瞬の表情描写と科白まわしがすばらしい。名シーンも名科白もないけれど、さ
らに言うなら大冒険も大恋愛も大事件もないのだけれど、そんなものがなくても
日常は描きとめるに値する一瞬であふれている。たとえば、互いの母親がなんと
なく仲の悪い友人の家に遊びに行こうと「お母さん、明日ユウタ君ち遊び行って
いい?」と子供が聞いた時、母親が「そうねえ、、」と答える一瞬にはかなり複
雑な心の動きがあって、そういうものがきちんと記述できるならそれは十分面白
い。『茄子』にこんな場面はないが、黒田硫黄は複雑で曖昧な感情を複雑で曖昧
なままに、一瞬の表情を1コマでタイムラグなしでみごとに描きとめている。読
みとる楽しみに満ちた作品である。
■マンガ:『ご近所の博物誌』 わかつきめぐみ 白泉社刊 (めざ)
「博物学はこの星の目録を作るためにあるのよ」こう語るのは、村にやってきた
学者の二羽(にう)さん。助手を勤めることになったのはいたずら坊主の三稜(
みくり)君。都から来た女に何がわかるかと「歓迎のしるし」に彼が持っていっ
たのは、わずかな水で一夜にして巨大化する貧乏蔓だった。二羽の住まいは翌朝
大きな蔓に囲まれてしまうが、そこは博物学者、これほど珍しいものはないと嬉
々として観察にいそしむ。好奇心のかたまり三稜があきれるほど二羽は自然体
だ。ある日の深夜、帰り道で空を見上げて「いつかあの星に行けたら」と夢想す
る二人。三稜は僕にはとても無理とつぶやくが、「本気で星まで行きたいって思
ったときにはね、もう思いは空を飛んでいるのよ。できるかどうかはともかく、
その『思い』に追いつきたいでしょ」と二羽は言う。…閉じていた心が開かれて
いくような読後感、元気が静かに湧き出してくるマンガです。
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読者投稿【わたしのオススメ】コーナーのお知らせ
みなさんのお気に入りの本、映画、音楽、芝居、飲み屋、雑貨、漫画など、
なんでもありのオススメ文を募集します。
字数は本文のみ(題名、名前、出版社などは別)400字以内
オススメの理由や感想など書き方は自由ですが、自分らしいものをお願いしま
す。一応その月の〆きりは毎月10日、構成その他の都合上、必ず載るとは限り
ませんが keito@k-hosaka.com まで、待ってます。
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■連載【はやねはやお記】#03 「眠る金魚」 by/おくい
2002年1月5日の夕方、私の住んでいる東京の西のあたりは雲の下に隠れ
ていた。坂を歩きながら振り返って遠くを眺めたら、大きな雲間から光が落ちて
きている場所もあって、そこは薄オレンジと白が混ざったような感じで照らされ
ていて、向こうは晴れてるんだなあ、とおもった。一方、雲の下に入っているこ
ちらは、あたり全体が薄青色にひたされていた。夜がはじまる前の薄暗い青黒さ
とは違って、明かるいまま透明な薄青がそこらじゅうに広がっている。
これは何か特別なことなのか、それともいつも起きていることを今まで気付か
ないでいたのか、とかおもいながら、おもしろくてそこらじゅうを見回しなが
ら歩いた。坂の脇の家がガーデニングで塀に飾っている赤い黄色い白い花々のい
つもと違う見え具合がおもしろかった。全部が薄青のフィルターを通してみえ
て、色がいつもと違う。
この坂は人通りが少ない。たいていの日は歩いているのはひとりかふたりだ。
そのときは私だけしか歩いていなかった。自動車も通り過ぎず、物音も何もしな
い。誰もみえないし、私以外には坂の横の木が揺れて動いているだけなので、誰
もいないような気がする。奥さまたちは昼寝でもしてるんだろうか。
坂の途中まで来て北野武の映画のことをおもいだした。北野武の映画の画面は
薄青のフィルターがかかったようになっている。キタノブルーという呼称もなに
かの雑誌で読んだ記憶があった。そのときのあたりの色合いはちょうどあの感じ
に似ていた。
笑ってしまうくらいにあたりが全部青にひたされていて、なんだか気持ちよかっ
た。青は人を落ち着かせる色だということをきいたことがある。赤い色は人を興
奮させる、という。そういえば、
「赤い服を着ると元気が出るんだって」
「ふーん…牛みたい」
という会話を誰かとしたことがあった。いつのまにか坂の上に来ていた。
ドアを開けて玄関に入ると、やっぱり金魚は水槽の底で眠っていた。昨年の年
末からずっと眠ってばかりいる。食事もちょっとしかしない。金魚が毎日たくさ
ん眠り始めたのとちょうど同じ頃に私も頻繁に眠くなるようになった。生きもの
は冬眠をする時期なのかも、とおもってみていたけども、金魚の眠り方は半端じ
ゃなく、起きてすいすいひらひらと水の中を動いている時間が、目につく限りで
は一瞬もなかった。ウチにいる金魚は一匹で、きれいなオレンジ色のウロコをし
ている。いつもは涼しそうに水槽の真ん中あたりを泳いでいるのに、すこしも動
かずに眠っている。起きて欲しかったので、手袋もつけずに歩いてきて冷たくな
ってすこしだけかじかんだようになっている右手の人差し指の爪で、金魚の前の
ガラスをちょんちょんとつついてみた。金魚はやっぱり眠っている。しょうがな
いか、とあきらめて、水の中は水色にひたされたような感じでみえるのかなあ、
とおもいながら靴を脱いだ。
その日はもう一度外出して、戻ってきたのは夜遅かった。駅のホームで電車を
待っているとき、またしてもホームには私ひとりだけだった。終電でもなく、か
といって早い時間でもなかった。向かいのホームにもこちらのホームにも、いる
のは私だけだった。お正月だとこんなにも人出が違うもんなのか、とおもってす
こしだけ神妙な気持ちで遠くまで伸びているホームの曲がり具合なんかをみたり
していたら、そのうちに人がぽつぽつと来始めた。電車が来て、電車に乗り、電
車を降り、改札を通って、もう一度坂をあがった。今度はいつもの暗闇と街灯の
色だった。玄関のドアをそっと開けると、やっぱり金魚は眠っていた。
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■連載【稲村月記】vol.09 「スミコビッチの穴」 高瀬がぶん
夜中に「ピシッ」とか「ミシッ」とか、家のどこからか音が聞こえてくる。もち
ろんラップ音とかではない。それは、長い時間をかけて、建物がじっくりと崩壊
してゆく音。我が家なんかゆうに築50年は経っている古い家なので、年がら年
中ピシピシミシミシうるさいったらありゃしない。そうやって死の兆しが少しず
つ貯っていって、ある瞬間、いっきに解放されるのだろう。
そしてそれは、暴風雨や地震とかがきっかけではなくて、例えばぼくの大きめの
くしゃみだったり、猫のスミちゃんがテーブルから飛び降りた衝撃とかであった
りして、いっきに「ドッカーン!」と、家がまるごと潰れるのではないか、そん
な気がしてしかたない。そういう風に壊れるとしたら身構える余裕もないもん
だ。それでもまあ、木造の平屋建てだから、突然崩れて下敷きになったとして
も、最悪全治三ヶ月くらいで済むだろうとタカをくくっているのだけれど、それ
にしても、なんかいや~な感じのする音だ。
http://www.k-hosaka.com/gekki/gekki09/gekki09.html
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■編集後記
さっき、外にでて梅の木を見たら、ひとつだけ花が咲いていた。5株のクリスマ
スローズもすべてつぼみをつけていて、いつもより、ちょっと早いなあと思いな
がら、そういえばこのごろ時間がなくてゆっくり庭の手入れをしてないことに気
がついた。冬だから、そんなに手入れしなくてもいいんだけどね。次号、このメ
ールマガジンも一周年を迎えるので、ちょっと変えようかなと思ってる。ほんと
にちょっとだけどね。(けいと)
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発行人・高瀬がぶん/編集長・春野景都/スーパーバイザー・保坂和志
〒248-0024 神奈川県鎌倉市稲村ヶ崎5-11-13
tel:0467-32-4439 fax:0467-32-4498 gabun@k-hosaka.com
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2002/1/20 vol.11 メールマガジン【いなむらL7通信】11号
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