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「リリリー! リリリー!」
朦朧とした意識の中で電話の呼び出し音が鳴っている・・・・と思う時はたいがい本当に電話の音で、決まって相手はけいとさんだ。早起きけいとさんは朝5時ごろでも「起きてるー?」って電話をかけてくることもある。でも、「起きてるわきゃねーだろがぁ」とか言ったりはしない。「うーん、むにゃむにゃ、いま起きた」と、案外気のいい私。 で、だいたい大した用はない。しばらく連絡が途絶えると、けいとさんの頭の中には「独居老人の孤独死」みたいな風景が浮かんでくるらしくて、そんなことになったら近所に住んでてなんだか寝覚めも悪いし・・・・とか考えているかどうかは知らないけれど、とにかく、まあちょっと心配になって電話をかけてきてくれたりするのだ。 でも、今朝の電話の理由はいつもとちょっと違う様子。なんだか今日はすっごい秋晴れで、「サイクリングにでも行こう!」 とのお誘い。「うん、いいよー!」と答えたけれど、ボクはバイクでけいとさんは電動とはいえ自転車。だから、「二人乗れるバイクにしたからさ、後ろに乗っていけばいいじゃん」と、そう言うと、「だめだめ、倒れたら大変だもん、わたしデカいしー!」、っていうし、案外その通りだし、結局、バイクと自転車で江の島方面まで出かけてみることにした。時間を聞けば午前8時。「じゃ、まずはどこかで朝ご飯食べよー!」ということになり、8時15分にけいとさん宅まで迎えに行っていざ出発。 七里ヶ浜の商店街に差しかかると、なんか大がかりの撮影隊に遭遇。ディレクターらしき人物が交通整理をしている。けいとさんはさすがご近所なだけに事情を知っていて、それは今度始まるテレビドラマの「アルジャーノンに花束を」の撮影だとのこと。つい最近もユースケサンタマリアを見かけたと。それに今そこに榎本かな子がいた、とも言っていた。 そんなことはさておき、けいとさんの自転車の速度に合わせながら江の島方面に進み、朝ご飯を食べられる店を探すも、腰越のケンタッキーフライドチキンはまだやってないし、その先のファミレスも閉まっている。それじゃまずボクが先に行ってどこか探してくるから、ということで、けいとさんを残し一足先にバイクを飛ばす。江の島のロータリーを過ぎ、江の島水族館を通り越し、ようやく開店中のロイヤルホストを発見。それでけいとさんが走っている所までとって返し、場所を告げ、再び一足先に。 それにしても確かにいい天気。ボクはまた寒いかもしれないと思ったので、半袖Tシャツの上に長袖のTシャツを重ね着、その上にヨットパーカーを羽織り、さらに革ジャンを着込んでいたもんだから、、、暑いのなんの! で、結局パーカを脱ぎバイクシートの後ろに括りつけ、タバコを一服ふかしながらけいとさんの到着を待った。ほどなくけいとさんは息ひとつ切らせずやってきた。ほんと、けっこうタフな人だこと。 店に入り朝メニューから僕は「焼き魚(鮭)定食」を頼み、けいとさんは「中国粥」を注文した。そんなもんでお腹いっぱいになるのかな、と心配したら、なんと朝ご飯はちゃんと家で食べてきたっていうのだ。よって、これは早目のブランチだと。食事がやってきていざ食べようとすると、けいとさんが「ちょっと鮭の皮ちょうだい、いい?」って聞くから「ああいいよ」と、気前よく分けてやった! と、実はこのとき、運転免許証入りの財布を持って来なかったことに気付き、なんだよ一銭も持ってないや、こりゃけいとさんに頼るしきゃないじゃん・・・・と。 食後のコーヒーを飲みながら話はフガちゃんのことに至り、スミちゃんの様子を話しているときに、突然けいとさんがウゲウゲ泣き始めた。なんだかやだなぁ、ボクが女の人を泣かしてるみたいで・・・・「おいおい泣くなよー」っていうと、けいとさんにしては案外早く立ち直り、すぐに泣きやんだのだった。 しばらくおしゃべりしているうちに江の島に猫を見に行こう! もしかしたらキジトラのチビ猫もいるかもしれないし、ということになり、さっそく店を出た。 江の島には数百匹の野良猫がいて、なんだかんだといってはみんなが世話をやいてくれているので、野良猫天国の様相を呈しているのだけれど、ボランティアの人たちが避妊や去勢手術をしているので、爆発的にその数が増えるということはない。それでも仔猫は生れるわけで、過去に何度かそんな親子猫を見かけたこともあった。まずは江島神社に通じる参道へ! ということになったのだけれど、いきなり入口のお土産屋さんでけいとさんの足が止まった。貝細工をちょっと見たいというのだ。うーんこりゃ長くなるぞ、というような予感も走り、ボクもそれとなくウインドーの中を眺める。ほら貝46000円、ウゲッ! 高けー! それからは参道のお土産屋さん巡り。ちょっと飽きてきたボクは、なんか面白そうなものを物色、きゃー素敵なライター! 520円、あっ金ない、ちょっとけいとさーん! お金貸して〜〜! というわけで、やーらしーライターゲット! そこへのっしのっしと大デブ白黒ノラ猫がやってきて、おぅちょっと触らせろ! と言ってぐじぐじ触っても「勝手に触れば」とばかり全然動ぜず、歩調も変えずに歩いて行く。 「あれ、妊娠してんのかねぇ」とボク。 「そーねぇ、すっごいお腹」とけいとさんは答えるが、気もそぞろに再び貝細工を見に店内へ・・・・。 すると店のおばさんが出てきて、 「ちがうのよーあれ、ただ太ってるだけ。ほらみんながゴハンやるしねぇ、ほんとにタマったら」 「ははは、名前があるんだ、野良タマ」 「そうなの、私がつけたんじゃないのよ、そこのお土産屋さんがつけたんだけどね」 とか言ってると、こんどは黄色い猫がやってきて僕の膝に頭をコネコネとなすりつける。 「あ、こいつは何ていうの?」 「その子は名前ないの、でもタマとはすごく仲がよくて、いつも一緒にいるわ」 「そかそか、よしよし、ぐじぐじ」 「猫好きねぇ」 「うん、実はこないだうちの仔猫が・・・・・・・・というわけ」 「そうですかぁ、あのね、ヨットハーバーの横の公園の方に行くと、い〜っぱい猫がいるわよ。もしかしたら仔猫もいるかも」 というわけで、ひとしきりお土産屋さん漁りを終わったけいとさんと、その公園に向かうことにした、、とその前に屋台の御せんべい屋さんで、おじさん曰く「これは焼き鳥じゃないよー!」という焼き鳥そっくりの柔らか串せんべいを買って、歩きながらむしゃむしゃむしゃむしゃ。おいしいけど歯につくぅー。 ・・・・いるわいるわ、、人がいっぱい。そうなのだ、猫もいないわけじゃないけど、なんだか今日は清掃ボランティアの日かなんからしく、公園内には15、6人の老若男女がほうきやらビニール袋やらを手に、あっちうろうろこっちうろうろ。 それでも猫たちはほとんど人を怖がらず、のそのそと歩いている。 ベンチに座って猫を触りながらあたりを眺めていると、ビニール袋を手にしたおじいさんがやってきて、 「いい天気だねぇ今日は、もうちょっと天気が悪くてもいいのに」 「そですねぇ、暑いですよねぇ」 すると、どういう脈絡かよく分からないのだけれど、 「あ、こないだ三波春夫がそこで歌歌ってな」 思わずけいとさんと顔を見合わせ、 「し、死んじゃったよね、三波春夫」 「だから、死ぬ前よきっと」 そりゃそーだ。 「へー、三波春夫、一人で来たの?」 「いやそうじゃなく、よく知らない若い歌手三人くらいもにぎやかしで来てさ」 「そうですかぁ、そりゃよかった」(よかったか?) 「それからよー、」 まだなんかあるあらしい。 「三橋美智也がな」 あ、また死んじゃった人だ。 「どうしました三橋美智也が」 「いや、あれだよ、上下真っ白の背広着てな、そこの崖から滑り落ちて、もう背広が泥だらけ、ふふふ」 「へー」ボク。 「ふ〜ん」けいとさん。 ・・・・と、呆気にとられる僕らを置き去りにして、おじいさんは悠然と去って行った。 それはともかく、猫猫。とりあえずベンチの横にも猫。そいつに焼き鳥そっくりの柔らかせんべいの欠けらをやってみたが、せんべいと見破られたのか、あっさり拒否。 公園の隣の神奈川県女性センターのわき道に行くと、何匹かの猫が遠くに見える。 用はないけれど呼んでみると、なんかあるのか? とばかり、寄ってくる。 あー、寄ってくる寄ってくる寄ってくる。。。こんなに。。。 「なになにフガが死んだって、そりゃおめぇ気の毒したな、ま、元気出せや」と言ってるのかどうか知らないけれど、とにかく色んな猫に囲まれて、ほんとは餌が目当てなんだろうけど、で、何にも持ってなくて悪いことしちゃったけれど、しばらくの間は野良猫サファリパーク状態を満喫したのであった。 さてそろそろ帰ろうかと時計をみると、ちょうど正午を回ったところで、あろうことかけいとさんは「ラーメン食べたい」だって。 「えー、またー!」 「だって、ずいぶん前でしょ、ごはん食べたの、それにちょうど今お昼でしょ」 「・・・・・・・・」 結局、江の島の桟橋の近くにあるラーメン屋に入ったが、案の定ボクは半分も食べられず、案の定けいとさんは残さず食べきったのだった。 あー、ちょっと幸せな一日でありました。 |