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稲村月記 vol.09  高瀬がぶん

「スミコビッチの穴」

          2002年1月14日

夜中に「ピシッ」とか「ミシッ」とか、家のどこからか音が聞こえてくる。もちろんラップ音とかではない。それは、長い時間をかけて、建物がじっくりと崩壊してゆく音。
我が家なんかゆうに築50年は経っている古い家なので、年がら年中ピシピシミシミシうるさいったらありゃしない。そうやって死の兆しが少しずつ貯っていって、ある瞬間、いっきに解放されるのだろう。そしてそれは、暴風雨や地震とかがきっかけではなくて、例えばぼくの大きめのくしゃみだったり、猫のスミちゃんがテーブルから飛び降りた衝撃とかであったりして、いっきに「ドッカーン!」と、家がまるごと潰れるのではないか、そんな気がしてしかたない。そういう風に壊れるとしたら身構える余裕もないもんだ。それでもまあ、木造の平屋建てだから、突然崩れて下敷きになったとしても、最悪全治三ヶ月くらいで済むだろうとタカをくくっているのだけれど、それにしても、なんかいや〜な感じのする音だ。
そんな音に混じって「チチチッ」という音・・・・ではなく何かの鳴き声のようなものが屋根裏あたりから聞こえてくる。最初は、すずめでも迷い込んだのかとも思ったのだが、こんな真夜中にすずめはないだろう? と思いはじめ、そのうち、「カサカサ」「ドタドタ」「キーッ!」。
いったい何事かと、さっそく台所へ行って、天井裏に通じるハメ板を外してみる。



 
 
 
 

この穴を見たとたん、なぜかマルコビッチの穴のイメージが浮かんできて、この穴の向こうには見たことのない異空間が広がっているような気がしてきた。もっとも、見たこともないというのはじつは嘘で、以前イチ(猫)がいなくなった時に、もしや屋根裏でのたれ死んでいるんじゃないかと不安にかられ、一度だけ覗いたことがある。幸いにもイチはいなかったが、そこはかなり無気味な光景で、崩れかけた土壁、散乱する枯れ葉や木屑、もののけの一匹や二匹は住み着いていそうな雰囲気だ。

 



 
 
 
 

ライトを片手に身を乗り出して、あちこち照らし出してみると・・・・、うげげっ、やっぱり! イヤな予感はあったのだけれど、そこにはこんなものが。



 
 
 
 

最近スミちゃんがやたらと捕まえて来ては遊び殺しているリスだ。今年に入って犠牲者はこれで5匹目になる。それにしてもちょっと多すぎるやしないか。かつてのイチでさえ、こんなには捕まえて来なかった。それに、イチの場合はシッポだけを残してちゃんと食べている。要するに食料として捕獲していたのだ。その点スミちゃんは気まぐれで、ただ殺すだけでまったく食べないことが多く、たまに頭だけがなくなっているリスを発見するくらいのものだ。ところで、このリスはもう完全に息耐えてはいるが、どこにも損傷は見当たらない。発見が早すぎて、まだ食べていないだけなのかもれないが、とりあえずホッとする。死んじゃってるんだから、ホッとするもなにもあったものじゃないが、少しは可哀想の度合が減少するような気もした。
それでも、「グググッ、ぼくを食べるんならしょうがないけど、そうじゃないなら助けてよー」。そう言ってるリスの断末魔の絶望感を想像すると、スミちゃんがちょっと憎くたらしくなってきた。
この際、「ちゃん」なんかつけてやるもんか! 
「スミ公! どこ行ったぁ! でてこーい!」
・・・・と、犯猫発見!



 
 
 
 

「えっ、ボクなんかした?」
みたいな、何食わぬ、というかリス食わぬ顔をして現れたスミちゃん。
・・・・人はなぜ人を殺してはいけないか、猫はなぜリスを殺してもよいか、という疑問が浮かび、ついで、本当は人は人を殺してもよかったりして、同時に、やっぱり猫もリスを殺してはいけないのか、という疑問がごちゃごちゃになって、ほんの一瞬頭に浮かんだかと思うと、あっと言う間に屋根裏の闇へと消えて行った。

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