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稲村月記 vol.05   高瀬がぶん

「なんの変哲もないこだわりの風景」


2001年7月×日

「防犯灯」という文字が見える電信柱、青い空を斜めに横切る幾筋かの電線。そして、その青い空を切り取っている、ある建物の屋根・・・・実に、なんの変哲もない風景だこと。
「だからなんなんだ!」と言いたくなるような写真だとお思いでしょうが、よく見るとあるんです、変哲が。
ところで、「変哲」っていうのは「変な哲学」を意味する言葉なのでしょうか?
だとすればこれはまさにピッタリだと思います。

写真中央に写っている雨樋の上の方をよく見てください。見にくいかもしれませんが、よく見ると四角い箱のようになっている雨受け部分に「今市」という文字があるんです。
この雨樋はおそらく真鍮性で、もちろんそれだけで贅沢な作りなわけですけれど、その「今市」という文字は、手の込んだ叩き出し、ようするに職人の仕事です。となると、さらに贅沢な雨樋ということになるわけですね。

で、この「今市」というのは何を意味するのかというと、稲村駅のすぐ脇にある、ちっちゃいスーパーマーケットの店名なのです。「いまいち」と発音することから、「あのスーパーいまいちね」というオヤジ兼オバサンギャグの恰好の標的となっていることは言うまでもありませんが、いずれにせよ、店の名前をわざわざ彫り込んである雨樋という代物には、そう滅多にお目にかかれるものじゃありません。すごいでしょー。

果たしてこれは宣伝? 看板の一種、と考えられなくもないですが、だとしたらいかにも目立たないし、経済効果なんてまったく期待できない最低の宣伝ですよね。、雨樋で自己主張するなんておかしいし、それに道路に面しているならまだしも、雨樋そのものが隣の敷地に向いて取り付けてあるんですから何をかいわんやです。
となると、やっぱりこれは「変哲」、つまり、「店主の変な哲学」なのでしょうか? 少なくとも、スーバーの経営状態がかつかつだったら、こんな所にお金を使えるものじゃありません。つまりこれは「粋」なんでしょうね、おそらく。

「どうせ雨樋を新しくするなら、名前入れてもらおうっと。きっとかっこいいぞ」
店主はそう思って、雨樋を新調するついでに、追加注文で名入れを頼んだのでしょうか。
このスーパーのオヤジさんは店の中で魚屋さんをやっているんですけど、この「今市」という屋号にはおそらく相当な思い入れと「こだわり」があるんでしょうね。
息子もこのスーパーで一緒に働いていますが、彼は日大ゴルフ部卒業で、丸山のすぐ下の後輩とかで、稲村一ゴルフが上手いんです。いや鎌倉一かも。そんなことはどうでもいいのですが、ようするにこの息子の発案では絶対ないと、そう思うんです。とかなんとか言って、ボールやドライバーの横っちょに「今市」と彫ってあったりしたら笑っちゃいますけど・・・・。

それともそれとも、名入れはその細工師独特のサービスで、鎌倉市内のあちらこちらに名入りの雨樋があるのかもしれない。そう思うと、気が気じゃなくなって、バイクを走らせながらついつい街中の雨樋に目が行ってしまう今日このごろの私。
 


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